霊 能 力
霊能力、霊能者、霊感という言葉はよく聞く言葉だと思います。
しかし、それは何を意味するか答えられる人は少ないと思いますので、ここで私がはっきりさせましょう。
霊能力という名前は、本来かなり宗教的な言葉なのです、現代風に言えばいわゆる超能力ですが、
超能力といえば、スプーンを曲げたり、物を動かしたり、あるいは遠くの物を見たりというような強い物
だけではありません、いわゆる霊能力も超能力の一種なのです。
では、どうして名前を分けているのでしょうか、霊能力というのは、マスコミなどで盛んに言われている
超能力よりも遙かに弱い力なのです。
ではそれでどうして、霊のことが解り、霊を見ることができるのでしょうか?
それは、霊がそれだけ強い物を持っているからです。
霊のところでも述べましたが、霊というのは命とは別物で、その殆どは欲望や、怨みなどの残留思念
か、または執着なのです。
言葉からも解るようにそれらは強いエネルギーを持っています。
つまり霊自体がエネルギーを持っているため、ほんのちょっとした力を持っていればそれを見たり、感
じたりする事ができるのです。
ですから、亡くなった方の霊を全て見えるかというとそうではありません。
もしそれが全て見える物だったら、大変です、道も歩けないし、車の運転どころではありません。
そういった、強い執着や、心残り、あるいは怨みの念など、強いエネルギーを持った物だけ見えるのです。
従って、信じない方の言い分ですと、見える霊は悪い物ばかりで、良い物は見えてるなど言わない。
そうなんです、何もない命はそのまま天上界にあがってゆきますので、見えないのです。
ではどうして誰にでも見えてるというのか?
それは、現代の様に科学が発達して、科学万能の世界になり、科学で証明できないことは、あり得ないと
考えている中、あり得ない物が見えると言えば、一般的には精神異常扱いされるのがおちです。
そうすると、実際には見えているのに、それを信じたくない、あるいは信じないために、幻覚だ、幻だ、思い
こみだといって、無視をしてしまうのです。
それが癖になると、最初から意識の表には上らなくなってしまいます。
そして深層意識の中に押し込めてしまうのです。
しかしそんな人でも、第六感は信じて、感が働く、あるいは感が良いといいます。
かん、すなわち感、感覚なのです。5感とは、味覚、に始まって触覚などの実際に認識する感覚ですが、
そのいずれにも入らない感覚を第六感といいます。
又、虫の知らせ、胸騒ぎ、悪い予感等の全てが、一般的な感覚ではなくいわゆる超能力という物です。
ただ霊能力者はどうしてそれらを操ることができるのか?
それは、そのたまにしか働かない、第六巻、特別な力を自由にコントロールするために、修行、いわゆる
訓練をするのです。
その結果、自分が見たいときにそれらを見ることができ、感じることができるようになるのです。
ただ、マスコミの発達と同時に、霊能力者と呼ばれる人たちのいかさまが暴かれるようになってきました。
それはなぜか、いくら訓練をしていても、全ての時間に完全にその力を使うことができるかというと、そう
いう物ではありません。
又その力を使うに当たっても、すぐに使えるときと、心を落ち着けて、一度精神統一などしてからでない
と使えないときがあります。
最近では大リーグの一郎がノーヒット記録を出したということですが、そう、プロのスポーツの選手でさえ
不調、好調があるのです。
ましてや、霊能力なる物非常にセンシティヴな物です。
私も、一年の内には何度か、全く力が使えなくなる日があり、長いときには2週間くらい何も見えないとき
もあります。
相談に来られた方には申し訳ありませんが、その間はメールの返事も遅れがちになります。
しかし、テレビや舞台にでると、今日は不調だからと言えないんです。
衆人注目の眼前で何か言わなければならない、そうするとつい誤りがでることがあります。
だからといって、まるっきりインチキ呼ばわりするのはちょっときついかも解りません。
プロスポーツの選手が、不調になったらインチキだというでしょうか?
それはそれで、理解していると思います。
霊能者でも同じです。
話が余談になりましたが、そういう不安定さを持っているのも、又霊能力の特徴です。
by miou
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